この記事でわかること

  • 2024年4月の「自律的管理」への転換から、2026年4月の対象物質拡大、10月の個人ばく露測定まで、施行済み・これからを一覧で確認できます
  • 化学物質管理者・保護具着用管理責任者を「自社は選任する必要があるか」を判定できます
  • VOC排出規制(大気汚染防止法)と労働安全衛生法(有機則等)が別の規制であること、両方への対応が必要になるケースを整理します
  • 印刷・製造現場が今すぐ着手すべき優先順位がわかります

「化学物質の規制が変わったらしいが、結局うちは何をすればいいのか」——有機溶剤を使う印刷・製造現場から、この2年で最も多く聞かれる質問です。

無理もありません。日本の化学物質規制は2022年公布→2023年→2024年→2026年と段階施行が続く、数十年に一度の大転換の最中だからです。この記事では改正の流れを時系列で整理し、印刷工場が「今やるべきこと」を優先順位付きでまとめます(2026年7月時点の情報です)。

何が変わったのか——「国が決める」から「自分で管理する」へ

化学物質規制の改正の本質は、国が対象物質と対策を個別に指定する方式から、事業者自身がリスクを評価して対策を決める「自律的な管理」への転換です。

従来の化学物質規制は、有機則・特化則のように国が対象物質と対策を個別に指定する方式でした。しかし規制対象外の物質で労働災害が相次いだことなどから、事業者自身がリスクを評価して対策を決める「自律的な管理」へ舵が切られました。有機則そのものが撤廃されたわけではなく、その上に自律的管理の層が重なった、という理解が実務では欠かせません(有機則とは?で対象物質と規制の全体像を確認できます)。

改正はどこまで進んだか——施行済み/これからを一覧表で確認

2024年4月に始まった改正は、2026年4月に対象物質が大幅拡大し、10月には個人ばく露測定の実施要件が整う予定です。

施行時期状況内容
2024年4月施行済みリスクアセスメント対象物質の大幅追加、化学物質管理者の選任義務化、ばく露低減措置・濃度基準値の遵守義務、保護具着用管理責任者の選任、雇入れ時教育の拡充
2026年4月施行済み(今年)表示・通知対象物質がさらに追加され対象は約2,900物質規模へ、化学物質管理者の選任義務も対象拡大に連動、SDSの営業秘密成分の通知ルール整備
2026年10月これから個人ばく露測定の実施要件の整備(濃度基準値の遵守確認のための測定を、要件を満たす者が実施する仕組み)
今後検討中SDS未交付・リスクアセスメント未実施など違反への罰則強化の方向

最新の施行状況・詳細な要件は、厚生労働省の公表資料で確認するのが確実です。

化学物質管理者・保護具着用管理責任者は誰が必要か

リスクアセスメント対象物質を製造・取扱いする事業場は、規模を問わず化学物質管理者の選任が必要です。

「うちは小規模だから対象外」という誤解が現場では今も多く聞かれますが、選任義務に事業場規模の下限はありません。

役割選任が必要になる場合主な要件・注意点
化学物質管理者リスクアセスメント対象物質を製造・取扱いする事業場(規模不問)製造業等の一定業種は専門的講習の修了者から選任。それ以外の業種も講習受講が推奨される
保護具着用管理責任者化学物質管理者を選任した事業場で、有効な呼吸用保護具等を労働者に使用させる場合保護具の選定・使用状況の確認等を担当。化学物質管理者との兼任も可能

印刷工場は有機溶剤や希釈溶剤を日常的に取り扱うため、多くの事業場でこの両方が選任対象になります。まずは使用中の化学品のSDSを確認し、リスクアセスメント対象物質が含まれているかを見極めることが出発点です。

VOC排出規制(大気汚染防止法)と労働安全衛生法は何が違うか

VOC(揮発性有機化合物)の排出規制と労働安全衛生法の有機溶剤対策は、目的も対象も異なる別の規制です。

大気汚染防止法のVOC排出規制は、工場・事業場から大気へ排出される量を対象にした環境規制で、一定規模以上の排出施設(特定施設)が対象になります。一方、労働安全衛生法・有機則は作業者が呼吸する空気中の濃度・ばく露を対象にした労働者保護の規制です。「屋外への排出」と「作業者の吸入」という視点の違いがあるため、片方に対応していれば足りるわけではありません。

規模の大きい印刷工場では、大防法の排出規制対象施設であり、同時に有機則の対象事業場でもある、というケースが実際にあります。自社の設備がVOC排出規制の対象施設に該当するかどうかは、施設の種類や排出量などの要件で判断されるため、判断に迷う場合は自治体の環境部局に確認するのが確実です。

対策の方向性には共通点もあります。溶剤の使用量そのものを減らす、あるいは溶剤を変更するという対応は、VOC排出規制上のコンプライアンスと有機則の作業者ばく露対策の両方に効きます。規制ごとに個別対応を積み上げるより、洗浄工程そのものの溶剤使用量を見直すほうが、結果として両方の負担を軽くできる場合があります。

印刷工場への実務インパクト

改正の影響を印刷工場の実務に落とすと、次の4点に集約されます。グラビア・フレキソ印刷の現場は、インキ・希釈溶剤・洗浄溶剤と化学物質だらけだからです。

  1. 使っている全化学品のSDS棚卸しが前提になった: 商品名ではなくSDS記載の成分(CAS番号)で対象か判定する
  2. 有機則対応「だけ」では足りない: 有機則対象外の物質もリスクアセスメント・ばく露低減の対象になり得る
  3. 管理体制の人選が必要: 化学物質管理者・保護具着用管理責任者の選任と教育
  4. 洗浄工程が最大のばく露源: 開放系で溶剤を使う洗浄作業は、ばく露低減措置の優先ターゲット

今やるべきこと——優先順位付きチェックリスト

対応の優先順位は、SDS棚卸し→管理体制の整備→リスクアセスメントの実施→高ばく露工程(洗浄)の対策、の順です。

  1. SDSの棚卸し(今すぐ): 使用中の全化学品のSDSを収集し、リスクアセスメント対象物質・有機則・特化則該当を一覧化する
  2. 化学物質管理者の選任・届出体制(未了なら至急): 製造事業場は専門講習修了者から選任
  3. リスクアセスメントの実施と記録: 厚労省の無料ツール(CREATE-SIMPLE)で簡易評価から始める
  4. ばく露の大きい工程から対策: 洗浄工程は「換気・保護具の強化」か「溶剤そのものの代替」の二択。設備投資より先に、リスクアセスメント対象外・有機則非該当の洗浄剤への切り替えを検討する価値がある(有機溶剤の代替はどう進める?で具体的な進め方を解説)
  5. 2026年10月の個人ばく露測定に備え、濃度基準値設定物質の使用有無を確認

「守り続ける」か「対象から外れる」か

この改正の本質は、化学物質を使い続けるコストが構造的に上がり続けることです。SDS管理・リスクアセスメント・管理者選任・測定・教育——真面目に対応するほど工数は膨らみます。

だからこそ、「そもそも危険な物質を使わない」という選択肢の価値が上がっています。洗浄工程を植物由来の洗浄液(有機則非該当)へ切り替えれば:

  • その工程のばく露リスク・管理義務が根本から減る
  • 有機溶剤の価格高騰・入手難(現場ではkg1,000円近い水準)からも解放される
  • 約5倍長持ちするため、1回あたりの洗浄コストはむしろ下がる

規制対応を「コスト」で終わらせず、供給リスク対策・現場改善として回収する発想が、これからの化学物質管理の分かれ目です。

あわせて読みたい

よくある質問

化学物質管理者は必須ですか?

リスクアセスメント対象物質を製造・取扱いする事業場では、規模を問わず化学物質管理者の選任が必須です。従業員数名の工場でも、対象物質を扱っていれば免除されません。専門的な講習の修了者から選任するのが基本で、未選任のまま放置するとリスクアセスメント自体を適切に進められない状態になります。

個人ばく露測定とは何ですか?

個人ばく露測定とは、労働者一人ひとりが実際にどれだけの濃度の化学物質にばく露しているかを、作業者に測定機器を装着して確認する測定方法です。2026年10月から、濃度基準値が設定された物質について、要件を満たす者が実施する仕組みが整備される予定です。作業場の空間濃度を測る従来の作業環境測定とは視点が異なり、個人の実際のばく露に近い数値を把握できます。

中小企業も対象ですか?

従業員数が少ない中小企業でも、リスクアセスメント対象物質を扱っていれば化学物質管理者の選任・リスクアセスメントの実施義務がかかります。「小規模だから対象外」という規模による除外規定はありません。使用している化学品のSDSを確認し、対象物質が含まれていないかを見極めることが第一歩です。

有機則は廃止されるのですか?

現時点で有機則・特化則は存続しています。将来的には自律的管理への一本化が展望されていますが、当面は「従来規制+自律的管理」の二層構造で、両方への対応が必要です。

何から手を付ければいいか分かりません

まず着手すべきはSDSの棚卸しです。「何を・どの工程で・どれだけ使っているか」の一覧がなければ、義務の範囲も対策の優先順位も決められません。棚卸しが済んだら、化学物質管理者の選任、リスクアセスメントの実施、という順に進めます。

まとめ

  • 化学物質規制は2024年の「自律的管理」転換に続き、2026年4月に対象約2,900物質へ拡大、10月に個人ばく露測定と強化が進行中
  • 化学物質管理者・保護具着用管理責任者の選任義務には事業場規模の下限がない点に注意
  • VOC排出規制(大防法)と労安法・有機則は目的も対象も異なる別の規制で、両方への対応が必要な場合がある
  • 印刷工場はSDS棚卸し→管理者選任→リスクアセスメント→高ばく露工程(洗浄)の対策、の順で
  • 洗浄溶剤の代替は、規制対応・供給リスク・コストを同時に解決する一手。テスト洗浄で品質を確かめてから切り替えるのが定石